自分の機嫌を取るとは

あっちこっちほっつき歩いてる飛び回っていることが多いですが、今日は珍しく朝から事務所で事務作業しておりました。

ところがそんな時に限って、PCのキーボード(Bluetooth接続)がつながらなくなり、復旧に手間取りイライラしてしまいました。

〇万円もしたので、もう使えなくなったとしたら大変な損失だし、今度からは普通の(安価な)キーボードにしたほうがいいぐらい考えました。

一旦設定を削除して再接続したらつながったのですが、ペース大いに乱されました。
なのでランチ(冒頭の画像です。本件キーボードも写ってます)で気分直しました。
白いのは20%の値引きシールをはがそうとしたけど、うまく剥がせなった跡です。

遠い昔、今より年齢が半分ぐらいだったころ、当時の友人に「いっつも機嫌悪そうにしている」とか言われました。

自分では普通にしているはずなのに。
振り返ってみれば、当時は今の倍ぐらい、いろいろしんどかったです。仕事とか人間関係とかその他もろもろ。
ていうか、私にそう言った人も、不機嫌の原因の一端の可能性はあったと今にして思います。

もう一度その環境に戻れと言われたら、年齢が半分になるとしても全力で断ります。
今のスペックをそのまま持っていけるのならまだしも。
もしそうだったら、当時勤めていた会社をすぐにやめて司法書士試験の勉強始めていると思います(笑)

よく「自分の機嫌を取ろう」とか、書籍とか、何かのセミナー講師とかで書かれてたり言われたりしていますが、なんか違和感を覚えてしまうのは私だけでしょうか?

言い換えるなら「いつもゴキゲンでいなければならない」ということになりかねません。

毎日生きていたら、自分に過失なくても気分の悪い出来事ってゼロではありません。
そうならないように、環境や人間関係をオーガナイズするのも確かに大切ですが、ゼロにはできません。

イライラすることとか理不尽な思いすること、一生懸命に生きている人ほど出くわすと思います。

私はこう考えます。
不機嫌、イライラは、一種の症状です。
風邪みたいなものです。

風邪ひいたら薬飲んだり暖かくしたりたくさん寝たりアンコ食べたりして症状が治まるのを待つしかないです。

それと同じです。
イライラも一つの「症状」と考えて、治まるのをただ待つのです。

機嫌よくできない自分はダメだとかセルフジャッジはしてはいけません。

まあ、不機嫌を周りにまき散らす、いわゆる「フキハラ」はダメですが、
自分の状態をそのまま受け容れること、それが本当の意味での
「自分の機嫌を取る」と考えます。