「幸せ」は幾らで買えるのか?

今朝は地元のカフェであんこ抜きのモーニングです。
休肝日ならぬ休あん日というわけではありませんが。
この店は上質のジャズやクラシックがいつもBGMで流れていて休日の朝をゆったりと過ごせるので大変気に入ってます。
もっともここから事務所に行くことが多いですが(;'∀')
3連休の3日目。
諦めたらそこで連休終了ですよ。
昨日もお仕事でした。電車での移動中にスマホで将棋指して、必勝の将棋を大大大大大大逆転負けいたしまして( ノД`)シクシク…
野球で例えるなら9回表まで10-0でリードしていたのが9回裏に11点取られてサヨナラ負けを喫したようなもの。
不甲斐ない自分への怒りが治まらず、やむなく御座候を買い食いした次第(画像省略)
でも、こういうのが生きているってことかと。
ネット将棋なら一日12時間ぐらいできそうですが(実績あり)、私はプロ棋士ではないので、別にお金を稼がないとスマホ代も払えません。
そういうわけで私は民事信託、遺言、相続、後見、許認可等司法書士や行政書士のお仕事で依頼者様から報酬をいただいて生活させていただいております。
確かに資本主義社会の世の中において、お金を稼ぐことはマストです。
「愛さえあればお金なんて」ってことありえません。特に我々男性はよほどアイドルや俳優ぐらい顔が良くない限り、お金を稼げないとモテません。もっとも今更モテたいとは思いませんが。むしろ性欲以外の煩悩があまりにも強いのでw
でもその一方でお金をあまりにも「神聖化」しすぎてはいないかと思うのです。
別の表現で言うと「お金教」の信者にさせられていないか、ということ。
だから「こうすれば稼げる」みたいな投資話やあるいは講座がはびこり、ついついまるでギャンブル依存症かの如く廃課金してしまう人が後を絶たないのかと。
恥ずかしながらまだ稼げなかった頃、私も藁にもすがる思いで法律の専門家ではない、どっちか言えば心理学やスピリチュアルを専門にしている人の経営コンサル的なものを受講したことがあります。
半年ぐらいのコースで、受講料はそれこそ家のみの信託の報酬一件分(弊所報酬基準による)ぐらいしましたね。
相当自分では無理した額でしたし、時間的な拘束もありました。
様々な業種の人が集まり、受講生が自分の仕事についての悩み事など相談して、それに講師や他の受講生がそれっぽいコメントするという約半年間のグループコンサル形式。
私の場合、事業の軸とする民事信託について前で説明した時に、どうやって稼ぐかと言う話になって、
お金持ち受けするような派手なスーツを着て派手なメガネをかけてプレゼンすればいい、とか大変ありがたいご意見を賜りました。
うん、成功している司法書士・行政書士の先生方に食事に連れていただいた時にお聞かせいただいたお話とは全く違った斬新なご意見でした。
懇親会の場では講師が高級時計を見せてくれたりして、田村さんもこれぐらい付けれるようになろうねと激励もいただけました。
半年間のコースのはずが、終わりごろになると次の期の案内が。
継続する人は受講料が割引だけど、継続しなくなったら後で再受講したくても正規料金になってしまうそうなので、申し込まないとめっちゃ損しそうでしたが、私はこれ以上この講師からは学ぶことはないと判断して半年で卒業させていただきました。
最終日の懇親会が終わって帰りの新幹線でもずっとネット将棋していたのを覚えています。
受講していたこの半年間、やはり徹底的に稼ぐには仕事に全振りせねば、という間違ったストイックさで全然将棋してませんでしたからね。
まあ、結局私はすべてを捨ててまで「お金教」の信者にはなれなかったようです。
でもその講座が終わってから、少しずつ仕事が増え、民事信託案件も受任できるようになりました。
もうその講師とも会う事はないでしょうが、今の私を見て「田村はワシが育てた」とか言って下さるのかな。
長くなりましたが、食べ〇グの口コミのような、一個人の感想と思っていただければ幸いです。
稼ぐななんて言いません。
愛があればお金なんてとか死んでも言うつもりありません。
でも、「年収〇千万円以上が成功者」という決まった定義なんてどこにもありません。
それこそ一個人の感想に過ぎません。
お金をいくら稼ぐべきか、どんな生活を成功と呼ぶのか、そんなことまで他人に決めてもらう必要はないと思うのです。
それこそ「お金教」に洗脳されています。
結局は、
人生>>>>>>>>>>>>>>>>お金
ということです。
まずはどう生きたいか。
そして、そのためにはどれだけお金が必要か
「逆算」することです。

