わからないもの

↑けして使いまわしの画像ではありません(笑)
ドトールコーヒー某店にてあんこいただきながら記事執筆です。

この世にはいくら考えてもわからないものがいくつかあります。
まず思いつくのは「人の気持ち」です。

「楽しいです」とか言ってても本当に楽しいか、その人にしかわかりません。
昔「人の気持ちを(本人の言動などから)察したり、推測することができないとだめだ」と私にクソバイ…もといアドバイスしてくださった方がいらっしゃいましたが、当の本人は今から思えばかなり人の心を踏みにじる言動をしていた記憶があります。

で、本題。
実は法律の解釈もわからないことだらけです。
理屈で解釈できても、裁判を通して「判例」として固まらない限りは決まりません。

信託法もまだ改正されて20年程度ですので、裁判で結論が出ていないことが多いです。
典型的なのは「受益権の承継に遺留分が適用されるか否か」です。

簡単に言いますと、財産を信託して受益権の形で承継(当初の受益者が死亡して、二次受益者が受益権を承継)するのは信託法の中の話ですので、民法の規定である遺留分がなぜ適用されるのか。私は疑問に思っています。

信託行為によって信託された財産には、信託法の規定が適用されます。
信託法は民法の特別法では決してなく、民法とは全く違う法律です。

ところが、世の中的には、もっと言えば法律の専門家の間では不思議なことに遺留分が適用されるという意見が強いようです。

なぜかといえば、財産の承継といえば相続(すなわち民法)、というのが当たり前だったからです。
こういう話をして「相続秩序を乱すのは許されない」とおっしゃる司法書士さんもいました。

民法は明治時代にできたもので100年以上続いているから、ある種の秩序だという考えもある意味納得です。

ところがどっこい、最古の(成文法としての)法律は、みなさんご存じ、あの聖徳太子の「十七条憲法」だったのですね。
民法といっても、たかだかここ100年あまりの話です。

結局は、裁判で信託に遺留分が及ぶかどうかが争われて最高裁で判決されない限り結論が出ない話。

じゃあ、裁判官はなにをもって判断するか。
私は最高裁判事ではありませんので、当然何考えているかわからない。

でも推測はできる。
その時の世の中がどうなっているか。
具体的にはその時の日本で家族の在り方がどうなっているか。

現行の民法では親孝行な子でも親不孝な子でも親の財産の相続割合は原則同じ。
で、親が親孝行な子だけに遺言を全部残す、親不孝な子には一銭も渡したくないと言っても、民法の遺留分の規定が適用される。

現に私も遺言の相談をよく受けますが、「~には財産を残したくない」とおっしゃる方も少なからずいらっしゃる。
そのたびに遺留分についてご説明差し上げるが、正直面倒くさいし、相談を受ける側もややこしいと思われるかもしれない(ここも推測)

「なんで自分の財産やのに、勝手に遺留分で決められなあかんねん」
そういう声が大きくなったら、どうだろうか。

そういう時代になって、信託VS遺留分の争いに決着がつくとなれば。

そうなんです、法律を変えるのは法律家や裁判官でなく、
国民一人一人だと考えます。